天気予報に振り回される――登山者であれば、誰もが一度は経験する“あるある”だろう。今回の山行も、まさにその典型だった。
当初は友人と八ツ峰への登攀を計画していたが、直前の天気予報は「前日雪、当日は強風」。やむなく中止とし、別日に前穂高岳・北尾根ルートを選ぶことにした。
結局、迎えた当日も「前日雨、当日は強風」との天候だった。だが、想像していたほどの厳しさはなく、山中でこんな会話が交わされた。
「これくらいなら、八ツ峰も行けたんじゃない?」
「うん、実はそう思ってた」
登山者なら誰もが心当たりのある、“判断の後悔”。
そんな気持ちを胸に抱きながら、それでも楽しい前穂高岳・北尾根の登攀がはじまった。
■アクティビティ日
2025年5月4日~5月5日
一、計画の起源
すべての始まりは、友人との雑談からだった。
僕と友人は、ほぼ同じ時期にアルパインクライミングを始めた。
3年ほど前、ある先輩と一緒にルートに行ったのをきっかけに、二人ともアルパインスタイルの登山に夢中になった。昨年のGWは本来、一緒に源次郎尾根へ行く予定だったが、都合が合わず、結局それぞれ単独で登ることになった。
去年の源次郎尾根、登頂!
「去年は一緒に行けなかったから、今年こそは一緒に登らない?」
ある日の朝、突然友人からそんなメッセージが届いた。
「もちろん!今回はどこにする?ちょっと難しいルートがいいかな?」
僕もすぐに賛成した。去年はそれぞれソロだったが、二人で協力して登る経験ができなかったのが残念だったからだ。
「源次郎尾根はソロで登ったし、八ツ峰にチャレンジしてみる?」と友人から即返信がくる。
彼は僕が賛成することを予想して、準備していたかのようだった。
八ツ峰、いいじゃないか!
僕たちの考えは完全に一致していた。
去年、源次郎尾根を登っている最中に隣の八ツ峰で登攀している人を見て以来、この思いは僕の心の中に残っていた。
僕もここに立ちたい!
計画が決まり、半月ほど前から天気予報をずっと見て、当日の好天を祈っていた。
しかし、願いは叶わなかった。
出発前日の4月29日の夜、装備を準備し終えてからも、天気図の混み合った等圧線と天気予報の強風を見て、結局この計画を諦めざるを得なかった。
でも、そんなことで納得できるわけがない!
連休が終わる直前、僕たちは計画を変更し、前穂高の北尾根へ行くことにした。少しだけでも山を楽しみたかった。
さらに今回は、僕たちにアルパインクライミングを教えてくれた先輩も誘った。久々に再会して一緒に登れるのが楽しみだった。
けれど、この日もあまり天気はよくなかった。4月29日よりはましだったが、5月4日も風が強かった。それでも今回は絶対に行くと決めていたので、現地で様子を見てから判断しようということになった。
二、長い道
5月3日〜4日 新宿→平湯温泉→上高地→涸沢
3日の夜。
新宿のバスターミナルは、いつも通り旅行者、スタッフ、大荷物の登山者、スキーヤーが入り混じり、まるで深海のイワシの魚群のように人々がひしめき合っていた。僕たち登山者は、その魚群に突っ込んだ海亀のように進んで、わずかに道を切り開けていた。
急いでなんとかこの三頭の「海亀」は合流できた。
「遅かったな、道迷った?」
「久々のバスだったから…。」
僕は慌てて言い訳めいた返事をしたが、実際その通りだった。
普段はレンタカーを使うことが多い私にとって、夜行バスに乗るのは久しぶりで、なぜか少し緊張してしまった。
でも、その緊張もすぐに眠気に飲み込まれ、次に目を開けた時には平湯温泉に到着していた。
平湯温泉から上高地までもう一度バスを乗り換え、山道を揺られながらようやく上高地に着いたのは朝の5時半。ずいぶん早いな、と感じたが、ここから涸沢まではまだまだ遠いことを忘れてはいけない。
天気は思ったほど悪くなく、途中で太陽も出てきて気分が盛り上がった。
横尾山荘で少し休憩してからまた進んでいくと、徐々に地面には残雪が現れ、本谷橋のあたりでは完全に雪道になっていた。
今年の雪は本当に多かった。
崩れた本谷橋
雪が多ければ、日焼け対策も重要になる。ただ日焼け止めを塗るだけでは不十分で、頭から足まで完全に覆ってしまわないといけない。直営店のスタッフとしては、あまり焼けすぎるのも困る。
完全防衛!日焼けに負けん!
もう少し進んだところで、ようやく涸沢の小屋が見えてきた。時間は昼の12時ぐらい、歩き始めてから約7時間もかかった。平らな林道なのになぜこんなに時間がかかるのか、改めて上高地から涸沢までの距離の遠さを痛感した。
それでも、何とかこの区間を乗り切って今日の目標は無事達成、あとは明日の好天を祈るだけだ。
この方も完全防衛だね
テン場に到着!今回の出番はモノポール
表銀座、かな?いいお天気だね
奥穂高、綺麗
三、判断
5月4日 涸沢→5,6コル→IV峰→III峰→前穂高山頂→岳沢→上高地
朝3時。
強い風がテントを吹きつける音のおかげで、目覚ましより早くに目が覚めた。
前日は午後6時にはもう寝てしまった。
しかし、夜中は風が強すぎて、テントがバタバタ鳴り続け、ほとんどまともに眠れなかった。
それでも不思議なことに、この非自立式のテントのカミナモノポールは、こんな猛烈な風でも一晩中まったく問題なく安定していた。さすが我が社のテントだなぁ、と感心してしまった。
「風めっちゃ強いけど、どうする?」
隣の二人のテントに向かって声をかけた。きっと二人とも起きているだろうと思ったからだ。
「もう少し寝ようぜ。こんな強風じゃ、上がっても吹き飛ばされちゃうよ。」
先輩が数秒経ってから不満そうに返してきたが、その不満は強風に対してなのか、それともこんな簡単な判断もできない僕に対してなのかは、わからなかった。
まぁ、後者のほうが強いかもしれないな。
朝4時。
風が急に弱まった。
「起きろー!」
突然テントに元気な声が飛び込んできて、再び寝付いたばかりの僕を目覚めさせた。
こういうのにはもう慣れっこだったので、バタバタとテントを片付けて、朝ご飯を適当に胃袋に詰め込んで装備を整えたら、もう5時半になっていた。そのまま5、6コルを目指して歩き出した。
先行パーティーのトレースのおかげで、体力的にはほとんど消耗しなかった。友人が言うには、さっき4時に起きた時、ちょうど出発する別のパーティーを見かけたらしいから、その人たちが前を歩いているグループなのだろう。
体力をあまり使わなかったので、僕たちはすぐに彼らに追いついた。意外にも、アメリカとイギリスからの二人組だった。その更に前にいた日本人パーティーも含め、僕たち中国人パーティーも合わせると、今日の北尾根はやけにシャモニーっぽい雰囲気だ。
その頃、風がまた強くなりはじめ、前日の夜と同じくらいになった。体感的にはそれほど耐え難くもない感じだった。
ちょっと後悔がこみ上げてきた。
「このくらいなら八ツ峰も行けたんじゃない?」
振り返って友人に向かって叫んだ。
「うん、実はそう思ってた。」
彼の顔は見えなかったけど、その声からは苦笑いしている様子が容易に想像できた。
5,6コルへ
先行パーティーに追いついた
V峰を越えると、すぐ目の前にはIV峰の基部があった。
トレースを沿って登ったおかげで僕らの進みは速く、アメリカ・イギリス組を追い抜いて、ついに日本人パーティーに追いついた。
日本人パーティーの方々は僕たちに道を譲ろうとしてくれたが、彼らはすでにロープを出して登攀の準備をしていたので、あまりその邪魔をしたくなかった。
「こっちからトラバースして回り込もうか?雪の状態を見ると大丈夫そうだから、迂回して邪魔しないようにしよう。」
先輩が判断した。
日本人パーティーの好意にお礼を言って、僕らは横からトラバースして行った。
IV峰へ、トラバース
IV峰山頂
予想外だったのは、歩きやすそうに見えたルートが、岩石の風化がひどくて脆かったことだ。慎重に慎重に動いたせいで、結局IV峰付近で日本人パーティーと再会した。
「また会いましたね!」
僕らは彼らに声をかけた。
「君たち先に行ってください!俺らここで少し休憩するから。」
彼らは手を振りながら言った。特別疲れているようには見えなかったけど、僕達は先に行くことにした。
山の上での譲り合いって、回数が増えると少し気まずくなるのはみんな心の中でわかっていることだ。これも山あるあるの1つだろう。
今回は遠慮せず、数枚写真を撮ってから先を探し始めた。
しばらく探していると、IV峰から降りるのにも再び雪のトラバースが必要なことがわかった。写真で見るとそこそこ傾斜していて、なかなか怖そうに見えるけど、実際のところ、それほど難しくはなかった。トラバースを通過するとIII峰の基部に到着し、ここからはロープの出番だ。
そこそこ傾斜があるトラバース
雄大なⅢ峰
フォロー中
Ⅱ峰へ、ランニングビレイ
III峰からII峰まではかなり時間をかけた。ロープを使った確保のためということもあるが、やっぱり三人組なので進む効率はちょっと悪い。でも幸いなことに、ルート自体はあまり難しくなく、気温も寒くないので、ずっと立ち止まってビレイをしていてもそこまで苦痛ではなかった。残雪期のいいところは、まさにこういうところだと思う。
II峰からの下降は特に難所もなく、唯一苦労したのは下で立てる場所が非常に狭くて、ロープを整理するのが大変だったことくらいだ。これをクリアすると、いきなり視界が開けてきて、ついに山頂が目の前に見えてきた。
懸垂よりロープの片付けが大変
山頂で一休み
山頂からは明神への縦走も考えたが、ほとんど雪がなく、さらに翌日は雨予報。
「どうしよう、下山しようか?」
と、僕が提案すると
「よし、下山!」
先輩と友人がほぼ同時に即答。まぁ、やっぱり下山したいね。
悩む間もなく,全員一致で潔く下山し、今回の山行を終えた。
カミナ®モノポール
設営・撤収が簡単で、強風の中でもしっかり安定していました。
シングルウォールなので、結露するかと思いましたが、実際には透湿コーティングのおかげでまったく結露しませんでした。
軽量で運びやすく、山行でも重宝すると思います。
執筆者:直営店(TOKYO BASE) 黄 嘉駿
入社年:2024年
日本に来てから登山を始め、気づけば6年目に突入。
大学卒業後にfinetrackへ入社し、現在はTOKYO BASEで日々奮闘中です。
冬はアイスクライミングやアルパインルートを中心に、
夏はマルチピッチクライミングやドライツーリングに没頭。
最近は、自分の筋持久力の無さを痛感し、ジムで一生懸命トレーニング中。