DRY LAYERING ドライを重ねる 5レイヤリング

8/292023

【Made in Japan】“鞄屋”が作る“雪山用ゲイター” 兵庫に根付く地場産業技術に遊び手の発想を乗せて

fun to trackトップに戻る

投稿者: fun to track編集部

CATEGORIES
バックストーリー
ACTIVITIES

数百年以上もの歴史を誇る、鞄産業の街、兵庫県豊岡市。どちらかというとウエアに近いアルパインゲイターは、ここに建つ鞄工場で作られています。なぜ、鞄工場にゲイターの製造を任せているのか。ファイントラックと工場との出会い、鞄工場ならではの強みやアルパインゲイターにまつわる苦労話などを聞きました。

目次

  1. 製作現場は日本一の鞄の生産地
  2. “未知への興味” が生んだ新たな出会い
  3. 技術と発想が生んだ稀有なゲイター

製作現場は日本一の鞄の生産地

今回話を聞くために向かった先は、日本一の鞄の生産地である兵庫県豊岡市。豊岡市の鞄製造の歴史は550年ととても古く、そもそものルーツを辿るとさらに時代は遡り、日本最古の書物で知られる『古事記』に記述がある、柳細工で作られた「カゴ」が豊岡市の鞄の起源ともいわれています。

伝統ともいえる地場産業技術が根付く豊岡市に建つ工場の前に到着し、通された玄関から中に入ると、職人たちの手元でさまざまな鞄が忙しそうにミシンにかけられていました。何を隠そう、ここがアルパインゲイターを製作する井東商店。鞄の専門工場です。

手前の建物がアルパインゲイターを製造する井東商店。住宅地の路地裏にひっそりとたたずんでいる

工場の様子。伺ったときは職人たちが国内有名ブランドの鞄を忙しそうに縫製していた

井東商店の創業は1980年。当初は学生鞄の製造がメインでしたが、いまではその高い縫製技術が認められ、OEMとして国内外の数多くの有名ブランドの鞄の製造を手がけています。

ただ、ゲイターは身に付けて使うウエアに近いアイテムのはず。しかし、作っているのは鞄工場。どうして鞄屋がゲイターを……。

そこには井東商店とファイントラックとの出会いから始まる、ゲイター特有のある事情が秘められていました。

“未知への興味” が生んだ新たな出会い

−どうして鞄屋の井東商店にアルパインゲイターの製造をお願いすることになったのですか?

相川:いまから4年前、薄手のナイロン生地を使った小型ザックをノベルティに使う販促企画が社内で立ち上がったんです。その製作は、鞄の縫製技術が根付く豊岡市の工場にお願いしたい。それが、そもそものスタートです。

それで地元の信用金庫さんに何社か鞄屋さんを紹介してもらったんですが、今でも付き合いがあるのは井東商店さんだけですね。鞄屋さんって薄い生地を扱うのが苦手な工場が多くて、断られるケースが多かったなか、できますと返事をくれたのが井東商店さんでした。

企画担当、相川(左)と、右が井東商店の現社長、井東龍也さん

井東社長:当時、けっこう薄い生地も扱っていたので自信があったのと、単純にこの手の商品に興味が湧いたんです。薄い生地を使ってアウトドア用のザックを作るという発想が当時はなかったので、相川さんという人の頭の中はどうなっているんだろうと(笑)。未経験の相談がすごく新鮮に感じましたね。

現在、井東商店はゴージュバッグやスローバッグの収納袋の製造も手がけている

−しかし、今回井東商店さんが製造することになったのは、ザックではなくゲイターです。まったく別物に思えます。

相川:ゲイターは高い強度が必要なアイテムなので、どうしても使う生地が厚くなります。厚手の生地を使ったアイテムの製造は、薄手の生地をメインに扱うウエア工場では難しい。そこで、鞄の縫製で普段から丈夫な生地を縫っている井東商店さんが最適と考えたんです。

井東社長:縫製工場が使うミシンにはいろんな種類があって、針の太さが違うんですよ。数字が大きくなるほど針が太くなり、ウエアを作る工場だと16番以下を使っていると思います。その点うちは19番から23番の針を使うミシンを持っていて、それがゲイターに使われる厚手の生地に適しているんです。

太い針を使い、厚手の生地をしっかり縫える技術が鞄工場の強みでもある

技術と発想が生んだ稀有なゲイター

−アルパインゲイターの話が初めてあったとき、鞄以外の製品を作ることに抵抗はなかったのでしょうか?

井東社長:抵抗はなく、今回も興味のほうが先行しましたね。先ほどと同じく、相川さんの頭の中はどうなっているんだろうから始まりました(笑)。それから、事前に図面を書いてもらっていたので、ある程度はそのとおりに生地と生地を縫い合わせたという感じです。

−実際に作るとき苦労はありましたか?

井東社長:アルパインゲイターには装着時のフィット感を高めるため上部にストレッチバンドが縫い付けられているのですが、それが初めは縫いづらかったです。いまでは慣れましたが、当初はバンドを伸ばしながら縫い付けるという発想がなく、縮んだ状態だと本体の生地と寸法が合わないバンドをどうやって縫い付ければいいのか、意味がわからなかったですね。

ずり下がりを防ぐシリコンプリントが施されている部分がストレッチバンド

相川:デザイン的にゆとりがあるとアイゼンを引っかける可能性が出てくるので、できるだけタイトに装着できるゲイターにしたいと考えて、そのような設計にさせてもらいました。

−フィット感のほかにこだわった点はありますか?

相川:強度はすごく意識しましたね。とにかく壊れづらいゲイターが欲しかったので、シューズに引っかけるバンドの長さを調整する金具は一切に外に出さない設計にしています。

あと、ファスナーもすぐに凍りついて動かなくなることが多かったので、装着にはベルクロテープを採用してファスナーレスにしました。

アルパインゲイターのすっきりした見た目には強度へのこだわりが詰まっている

さらに、ゲイターを装着した状態で何度時間を動いていると、多分汗が凍りついたのだと思うんですが、ゲイターの内側に雪の塊が付着していることもあって、その点は弊社の独自素材エバーブレスを使って透湿性を高めています。

−慣れない商品の製造はさぞかし大変だったでしょう。

井東社長:ただ、ファイントラックは僕らにはないアウトドアの経験を生かしてこういう商品を作りたいと言ってくるので、発想も考え方も、技術に至っても新しい手法を覚えられる大切な取引先だと感じています。

正直依頼される商品は僕たちにとっては珍しいものばかりで、戸惑うことも多々あります。でも、その仕事を通して得られる新しい知恵が普段の鞄作りに生かせる場合もあり、結果とてもプラスに作用しているんです。正直、そのメリットを得るためにお付き合いさせていただいているところもありますね。

鞄屋の理解が及ばない図面を前に、二人三脚で新しい製品を生み出している

−まさにウィンウィンの関係という訳ですね。最後に、アルパインゲイターに確認できる、鞄屋が作るからこその特徴などあるでしょうか?

井東社長:これはウエアと鞄の作り方の違いですけど、ウエアは縫い目が目立たないように縫うのに対して、鞄は逆にあえて縫い目を見せるような作り方になっています。生地と生地に糸を通して製品を丈夫にしたいという、鞄業界に昔からあるこだわりですね。アルパインゲイターのステッチにも、無意識ですけどそのような想いが宿っているかもしれません。

新しいことに挑戦する井東社長の目には、豊岡の鞄産業と会社の成長という明るい将来が映っている

−アルパインゲイターのステッチひとつにも職人のこだわりが秘められているということですね。フィット感や強度にこだわったアルパインゲイターは、過酷な雪山で足元をサポートする頼れる存在になりそうです!

構成/文 吉澤英晃

ACTIVITIES