ドライ、だから温かい ドライを叶えるメカニズムを解説 5レイヤリング

投稿者: 畑本 恵里

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スタッフの遊び記録
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せっかくの長期休暇だから、普段では行くことのできない山域を歩いてみたい。と、この夏の遠征先にピレネー山脈を選んだ。テント泊装備を入れたバックパックは機内持ち込みギリギリのサイズ。日本から登山口までの移動に3日かかるため、山中を歩けるのは結局のところ5日間のみとなるが、欲張って自分の目で見たいルートを寄せ集め、GR10、GR11、HRPといったトレイルをごちゃ混ぜに歩いてきた。
【山行日】2017年8月12日~17日

8月12日
シンガポールでの19時間のトランジットを経て、南仏の街トゥルーズに着いたのは日本を発って70時間後、11日午後のこと。地元スーパーで買い込んだ食料と燃料をバックパックに押し込み、12日は早朝にホテルをチェックアウト。カトリックの殉教地であるルルドまでは電車で。そこから先はバスを2本乗り継いでようやく登山口となるGavarnieに到着した。

8月13日
この時期のピレネーは、夜は21:30まで明るいのだがその分夜明けが遅い。7:00ではまだ暗く、ヘッドライトを点けての出発となった。キャンプ場から少し歩いて、GR10のトレイルに入る。山腹をジグザグに這う車道を交差しながらトレイルを登っていくと、傾斜が緩くなると同時に広大な草原が広がり、その向こうにフランス側のピレネー最高峰となるVignemaleが見える。

ピレネーはヨーロッパでも屈指の牛羊放牧地帯。標高の低いところでは牛、高いところでは羊がそれぞれ放牧されている。ここでは牛飼いの姿は見えず、ひたすら牛の間を縫って歩く。

ゆるやかなアップダウンが続き、4時間歩いているのに標高差はキャンプ場から400mほど。ここでVallee de Sausse Dessusという渓谷に到着し、無人小屋前(1902m)を過ぎると、ゆるやかに時間をかけて登った道のりを100m降りてBarrage d’Ossoueという川をせき止めた小さなダムに出た。ダムの向こう岸には舗装路があり、そこまで車が入れるらしく、川沿いの岩の上でくつろいでいる人たちもたくさん。13:00だったので昼食をとり、川上に向けて歩き出す。3kmほど平坦な川沿いのを歩くと、ようやく傾斜が強くなり始めた。

ここから2.5kmの間に2651mまで標高を上げる。体調不良だという同行者の荷物をいくつか預かり軽くするが、それでも速度を上げられず、休み休みゆっくりと歩き、取り付きから4時間ほどかけてようやく本日のキャンプ予定地である山小屋、Refuge de Bayssellanceに到着。小屋の手前では羊たちが出迎えてくれた。

小屋の周りには石を積み上げた風除けが散在しており、先着のパーティは我先にと風除けの前にテントを張っている。Bayssellanceは風が強い場所で、なるべくならここだけは小屋に泊まったほうが良いと地元の友人に言われていたのだが、1ヶ月前にはすでにベッドが一杯で予約が取れなかった。私たちも風の影響が小さいであろう場所を選び、テントを設置。この日歩いてきた道のりを囲む山に息を呑みながらカメラを向けると、たまたま写り込んだ男性がこちらを向いて手を振った。よく見るとそれはトゥルーズからルルドまでの電車で隣に座った男性だった。

違う場所から登ると聞いていたのだが、お互いのルートがここで交わったらしい。 お互いのルートや装備について話が盛り上がっている間に日が暮れていく。幸いにもこの日は風がなく、快適に眠ることができた。

8月14日
小屋で天気予報を教えてもらったところ、この1週間は天気が悪く、特に16日は嵐が来るとのこと。その日はスペインとフランスの国境の峠として有名なBreche de Rolandを通過する予定だったのだが、雪渓歩きもあるそのルートを嵐の中通過するのは難しいかもしれない。明朝の天気予報次第では、プラン変更も考えたほうがよさそうだ。
日が昇るのは7:30頃。テントが乾くのを待ち、8:40に出発。この日の行程は20kmを超える長丁場だ。

Pettit Vignemaleの稜線続きとなるコルに出ると、上空をヨーロッパ最大の鳥であるヒゲワシが飛んでいるのが見えた。両翼を広げると3mになるヒゲワシは、ほとんど羽ばたくことなく翼の角度を風に合わせて翔ぶ姿がとても美しい。ヒゲワシに見とれながら500mを一気に下ると、Vignemaleを真正面に望むOulettes de Gaubeという平原に出る。小屋のテラスで行動食のチーズとソーセージを食べる。Vignemaleの迫力と、そこから流れつく穏やかな川。飽きない景色に、つい昼前まで長居してしまった。

ここから西側の稜線に450m直登するとフランスとスペインの国境となるコル、Col des Muletsに出る。

風が吹き荒れる中を、スペイン側へ。稜線の東側と西側で山の表情が変わっていて興味深い。ここからはHRPのトレイルを歩くべく、Pic Alph. Meillonの山腹を西へ向かう人が多いのだが、私たちは南へ向かう。Valle del Araという大きな谷間を川沿いに降りて麓のキャンプ場で1泊し、翌日はスペインの国立公園に指定されている渓谷、Bal d’Ordesaを歩くためだ。Col des Muletsから一気に谷間に降りると、あとはなだらかなアップダウンが直線距離にして14km続く、長い谷歩きとなる。歩いても歩いてもまだまだ続く開けた谷の大きさは、日本ではなかなか味わえないスケールだ。

そんな谷間を4時間半歩くとようやく林道へ出た。そこからさらに1時間半降りるとPuente de Bujaruelo(1500m)のキャンプ場なのだが、キャンプ予定地だったCamping San Nicolasがオートキャンプ場だったため、少し来た道を戻り静かな川沿いにビバークすることにした。

到着時刻は20:00。暗くなる前に大急ぎでテントを設置し、フィルターで川の水を濾し、ドライフードで夕食を調理。慌ただしく夜が更けていった。

8月15日
夜中から降り始めた雨でテントはすっかり濡れてしまっていたが、ビバークという名目上早めにテントを撤収しなければならず、濡れたテントをザックにしまい、8:00に出発。キャンプ場のそばにある小屋で天気予報をチェック。昨日の天気予報からは少し状況が変わったらしく、今日は嵐になるかもしれないが、明日・明後日は良好とのことだった。もともと予備日を1日設定してあったので、今日は稜線に出るのを諦めて、ここから一番近くの村、Torlaまで降りて停滞することに。BujarueloからTorlaまでは9kmほどの砂利道と林道歩きだ。前半の砂利道は、人通りはないが車が多く、たまに牛も通る。

昨夜の雨では地面が十分に潤わなかったようで、乾燥した道を車の上げる砂埃をかぶりながら歩く。後半の林道歩きは子供連れも多く、森林浴を楽しみながらの散歩のようだ。ほどなく見えてきたTorlaの村は丘の上の小さな村だった。

村を入ってすぐに城塞を兼ねる教会がそびえ立ち、迷路のように入り組んだ路地が村中に走っている。観光案内所でホテルの空室を訪ね、2部屋の空きがあるというホテルを案内してもらった。ホテルにチェックインした後は、バルで女性店員にスペイン語を教えてもらったり、スーパーでフルーツを買い込んだりしている間に1日が過ぎていった。村では夕方から少し雨が降ったが、山の天気はどうだったのだろうか。

8月16日
Torlaの村からバスに乗ってOrdesaに入る。国立公園であるOrdesaへは自家用車の乗り入れができず、出入りできるのはこの村から出ているバスだけだという。そのためか30分間隔で出ているというバスは、どれも混雑するらしい。我々が乗った7:30のバスも発車15分前から行列ができていた。Ordesaへは30分ほどで到着。バス停の前にあるカフェで腹ごしらえをしてから出発。

まずは一気に500m登ると、あとは標高1800m付近の山腹を緩やかに水平移動だ。

山壁がそびえ立つBal d’Ordesaの景色を楽しみながらの山歩きを楽しむ。

谷合いには1本の川が流れていて、上流にある滝、Cascada Cola de Caballoから標高を400mほどあげたところが今日のキャンプ地となるRefugio de Goriz(2200m)。

この日は直線距離にして13km、標高差も900mほどだったため、のんびり歩いても17:00にはGorizの小屋に到着し、テントを張ったあとにシュラフを乾かしながらビールとワインを飲み、向かい側の山肌を少しずつ移動する羊の群れとそれを誘導する羊飼いの美しいパフォーマンスに見惚れ、贅沢な時間を過ごした。

8月17日
この日はBreche de Rolandからフランス側へ入り、再びGavarnieに戻る。まずはGorizから200mほど登ると、その先は広い平原歩き。

Breche de Rolandに行くルートは、ハイルートとガレた谷間を詰めるルートがある。地図で見る限りハイルートはとても魅力的なルートなのだが、一部急峻な岩壁に打たれた1本1本の杭を足場にして通過しなければならない箇所があり、体幹に自信がないという同行者の意見に従い、今回はお預けとなった。残念だが仕方ない。

谷間を詰めるルートは一番簡単そうではあるが、あまり魅力的なコースではないためか、通行する登山者はほとんどおらず、ガレガレの岩場に登山道は少し不明瞭。

地図とコンパスと、ところどころに積み上げられた小さなケルンを頼りに350mほど慎重に登り、峠のピークとなるBreche de Rolandに着いた。

フランス側からデイハイクで登る登山客が多いようで、稜線は人も多く、フランス側への下りは少し渋滞気味だった。心配していた雪渓もほとんど溶けて、数十mほどしかなかったためなんなく通過。

途中、Gavarnieに直行する道と、大きく西に迂回して谷の向こうのCol de Tentesという開けたコルに出る道との分岐に出た。

もともとはGavarnieに直行するつもりだったのだが、不思議なほどに誰もがCol de Tentesに向かうので、登山道の崩落でもあったのかと思い通りがかりの登山者に尋ねると、Gavarnieへの直行ルートは途中に急峻な岩場があり、50mほどの足場の見えない岩壁を垂直に下降しなければならないのでお勧めしない、とのこと。しかしCol de TentesからGavarnieの街に戻るのは距離が長すぎるので、自分はCol de Tentesの駐車場でヒッチハイクするつもりだと教えてくれた。クライミング装備を持ってきていない我々は、その話を聞きCol de Tentesを経由し、おぼつかないフランス語でヒッチハイクの交渉をすることに決めた。Col de Tentesまでの最後の道のりは車も走れそうな広い砂利道。今回の山歩きのラストパートにしてはなんだか物足りない。谷の向こう側に見えるGavarnieへの直行ルートは、こちらから見る分には特に危険箇所が見当たらず、件の登山者が言っていた50mの岩壁も見つけることができなかった。

16:00頃、Col de Tentesの駐車場に到着。ノートに大きく”TO GAVARNIE”と書いて場内をウロウロしていると、出口に差し掛かったところでバンに乗った中年のバスク人男性2人組が声をかけてくれた。バスク語となるとますます見当もつかないのだが、陽気な2人が簡単な単語とジェスチャーで話しかけては2人で盛り上がって笑う様子にこちらもつられて笑った。Gavarnieへは30分ほどで到着し、教えてもらったバスク語でお礼と別れの挨拶をしたが、その言葉が長すぎて今はもう思い出せないのが残念だ。

ピレネー最後の夜となるその晩は、名残を惜しんでゆっくりディナーを食べるつもりが、閉店時間の早いレストランを選んでしまい、1プレート頼んだだけでオーダーストップ。オーダーした1リットルのワインをほとんどアテなしで飲みきったのは、今回の山行の中で一番の苦行だったかもしれない。ほろ酔い気分でテントに帰ると、早くもピレネーの山が恋しくなり、この日は遅くまで星を見て過ごした。

 

昼夜はもちろん、日中も風や日射しの有無で温度差が激しかったピレネー山脈。カミノパンツは寒い朝にも十分対応でき、暑いときはベンチレーションを開けてさっと換気できるので、快適に山を歩けた。

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