
ニンニクが食べたい。それもちょっとやそっとじゃない。口に入れた瞬間に目が覚めるような、容赦なく鼻腔を突き抜けるあの匂いと旨味を全力で感じたいのだ。
冬山で食べたいものといえば、多くの人はホットココアや温かい鍋を思い浮かべるだろう。けれど私の身体が欲するのは、もっと攻撃的で、もっと濃厚で、生命力そのものみたいな味だ。冷え切った体が、あの暴力的なまでの旨味を求めてやまない。
そんなわけでザックの中に生のニンニクと大量の肉や野菜を詰めこむ。
あとはやることはひとつ。
ガツンとしたニンニク料理に見合う、ガツンとした山を目指すのみ。
■アクティビティ日:2025年12月27日~12月29日
ガツンとしたニンニク料理に見合う山、ということで今回はしっかり歩ける塩見岳を選んだ。アプローチ、稜線歩き共に長く、南アルプスらしい奥深さを感じることができるルートである。

上司からもらった六甲山で採取したヒラタケが今回のハイライト。生のニンニクはザックの中にすさまじいニオイを充満させていた。
1日目 シュクメルリへの道のり
冬の南アルプスといえば人をよせつけない長いアプローチであろう。ここ塩見岳も例にもれず登山口に至るまで10㎞弱の林道歩きが待ち受けている。
毎度のことながら食料と酒がたっぷり入ったザックを背負い、鳥倉林道冬季ゲートより2時間半ほどの林道をひたすら進む。

南アルプスの山並みをザックの重さに絶望しながら眺める
数々の冬季南プス山行で体得してきた林道歩きのコツはズバリ“すべての感情を無にすること”である。ただひたすら淡々と歩みを進めるのみ。期待も拒絶もしない。考えたら負けである。
やがて鳥倉登山口に辿り着き、ようやく本格的な山歩きが始まる。
年末年始ということもあって数パーティが先行して歩いており、トレースのおかげで歩きやすい。

静かな樹林帯を進む
出発がやや遅かったこともあり、気づけばあっという間に日暮れの様相だ。冬の山は容赦がない。昼間の光がみるみる斜面から引いていく。

なんとか明るいうちに三伏峠小屋まで辿り着き、日が落ちかける中慌てて整地してテントを設営する。冷えた指先でテントにポールを通しながらも、頭の中はすでにニンニクマシマシな夕食のことでいっぱいだ。

今宵はシュクメルリだ。
ジョージアの鶏肉料理で、ニンニクとミルクをたっぷり使う濃厚な一品。ヤマメシとしては、なかなか攻めたメニューである。
刻んだニンニクをバターで炒めると、テントの中が一瞬で幸福な香りに支配される。鶏肉を焼き、牛乳を加えてぐつぐつ煮込む。仕上げにたっぷりのチーズを放り込むと、鍋の中は完全に勝利の景色だ。

バゲットを添えて
湯気に包まれながら鍋をつつき、外の冷たい空気との落差を楽しむ。山で食べる濃い味は、なぜこうもうまいのだろう。相方が持ってきた白ワインを合わせて最高の宴である。腹が満たされるころには体もすっかり温まり、テントの外には満天の星が広がっていた。
2日目 塩見岳への道のり
午前2時半、アラームの音と共に無理やり目を覚ます。
朝食はバター入りの味噌ラーメンを冷え切った腹に収める。このあとの長い行程を思うと山の朝は緊張感が支配しがちだが、バターのまろやかさがそんな張り詰めた心をほどいていくようだ。下界にいようが標高2500mにいようがバターの豊潤な香りは人の心を穏やかにする。

味噌ラーメンにバターは必須
この日の行動時間は長くなることが予想されたため午前4時、まだ真っ暗な空のもとヘッテンを付けてスタート。テン場にはけっこうな数のテントがあったが、皆他人のトレースを狙っているのかなかなか出発する気配がない。不覚にも我々がトップバッターになってしまった。
ニンニク臭い白い息を吐きながらまっさらな雪原を黙々とラッセルしていく。静かな夜の雪面に、ザク、ザクと足音だけが響く。

暗闇のピーク
暗闇の中稜線上を進み、三伏山・本谷山と小さなピークを越えたあたりで、ようやく夜明けの気配が訪れる。徐々に空が白み始め、目指す塩見岳のピークが朝日をバックにぼんやりと浮かび上がってくる。まだまだ先は長い。

目指すピークははるか先
ひたすらだらだらとした単調な登りが続く。鳥倉林道から塩見岳を目指すこのルートは、アプローチだけでなく稜線歩きもけっこうな長丁場だ。
日が昇り緊張感がゆるんだせいか眠気で意識が朦朧としてくる。何度も緩斜面で足を滑らせ、不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまいそうだ。
すると後方から人の声が。我々のトレースを辿ってきた人たちが追いついてきたようだ。続々とラッセルへのお礼を言われ先頭を交代する。助かった。

先頭を譲り一気に歩きやすくなった
単調な登りは徐々に斜度を増していき、やがて塩見小屋の稜線へ上がる急登までたどり着く。するととたんに腰まで埋まる激ラッセルである。さっき先頭を譲った人たちと声を掛け合いながら、ラッセルを交代しつつ少しずつ歩みを進めていく。バラクラバにゴーグルをして年齢も性別もわからない集団に、いつの間にか奇妙な連帯感が生まれていた。

時には四つん這いになりながら雪をかき分け全身で這い上がる

顔を上げると南アルプス北部の山並みが目に飛び込んでくる
なんとか稜線上に這い上がり、塩見小屋と共に山頂直下の急峻なピークが姿を現した。

ようやく終わりが見え始める

振り返ると中央アルプス
長いラッセルを経て疲れ切った足腰も、ゴールが見えてくると足取りは軽くなる。快晴の空のもと、真っ白な稜線上で必死に雪をかき分けていく。

特徴的な双耳峰が顔をのぞかせる
アイゼンを装着しストックをピッケルに持ち替え、山頂直下の急登へ歩みを進めていく。ここまでの長い道のりを思うと、目の前に見える迫力のピークは妙に現実感がない。

ルーファイしながら慎重に登る人々
いよいよ最後の岩稜帯。油断するとこれこそまさに不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまいそうな斜面である。雪面にしっかりとアイゼンをきかせて、慎重に、少しずつ歩みを進める。思わず足がすくみそうになるが、朝4時から先頭でラッセルしていたのは我々なのだ。後から来た人たちにトレースをつくって自分たちはピークを踏めないなんて悔しすぎる、そんな意地が最後の砦である。

着いた!
西峰にたどり着くと一気に視界が開け、目の前に雄大な富士山、その先の駿河湾が飛び込んできた。

富士山をバックに記念写真

ピークで50代くらいの女性にすれ違いざま声を掛けられ足を止める。「私はこの山にチャレンジするのは3回目。今回あなたたちが先頭でトレースをつくってくれたおかげでようやく初めてピークに立てました。ラッセルありがとう。」
長時間のラッセルもこの一言で報われた気がした。そしてこの女性、嬉しいことにアクロジャケットを着ているではないか。声掛けに心温まるのと同時に、自分たちが世に送り出したギアが誰かの挑戦を支えていると思うと胸が熱くなった。
そんな嬉しい声に励まされつつ、山頂の景色を堪能して早々に下山を開始する。



吸い込まれそうな蒼だ
思いのほかラッセルに苦戦し、ピークを出発したのは13時過ぎ。想定の時間を大幅に超過している。考えたくはなかったがこれは下山する頃には日が暮れてしまうだろう。
徐々に翳りゆく太陽を追うように必死でテントと次なるニンニクを目指して下っていく。

朝とデジャヴな景色である
結局テン場に辿り着いたのは19時過ぎ。この日の行動時間は15時間にも及んだ。

疲労困憊にて帰還
あまりの疲労に二人とも無言でテントに倒れこむ。疲労で弱った胃腸にアグレッシブなニンニク料理は刺激が強すぎる、ということで楽しみにしていたもつ鍋は翌朝に持ち越し、湯たんぽ用に水を沸かして泥のように眠った。
3日目 もつ鍋からの道のり
いつも時間に追われる山の朝だが、この日は下山のみ。
食事を摂らずに眠ったため、はらぺこで目覚める。もつ鍋を受け入れるには万全の体制である。下界では朝ごはんにもつ鍋なんてありえないことだろうが、山ではすべてが許されるのだ。
ザックの奥底で強烈な臭いを発しながら出番を待っていたニンニクを、満を持して取り出す。ナイフで薄くニンニクをスライスすると再びテント中に烈しい香りが拡がった。

チューブのニンニクではなく、生のニンニクでしか得られない幸福がそこにはある
自宅で事前に下処理をしてきた牛モツと、待望の六甲産ヒラタケを煮込む。鍋が温まり、もつの脂がじわりと溶けていく。

ニンニクマシマシもつ鍋爆誕
この時を待っていた。 モツのこってりとした脂に、ニンニクの濃厚な旨味が絡みつく。そこへブリブリとしたヒラタケの瑞々しい弾力が加われば、もう完璧だ。昨日のラッセルで疲れ切った全身の細胞ひとつひとつに、ニンニクのパワーが染み渡っていくのがわかる。
スープをすすり、締めの油そばまで平らげるころには、昨日の疲れなんて跡形もない。 ああ、なんて贅沢で、なんて豪快で、そしてなんて臭い朝だろう。

残ったスープでラーメンを茹で締めは油そばに。ニンニクカラメアブラマシマシ、ウマイ!
しっかりと腹を満たした後は、のんびりニンニク臭くなったテントをたたみ、長い道のりを下るのであった。

長い長い林道歩きを再び
次は何を食べに登ろうか。
すっかりニンニク臭くなったテントやザック、ウエアを片付けながら、次のヤマメシへと思いを馳せる年末であった。

エバーブレス®プリモ
冬山シェルとして最低限必要なギミックを備えつつ、使い勝手の良さはしっかりと押さえたシンプルなアウターシェル。これから冬山を始める方にとっての最初の一枚としてはもちろん、歩きなれた方の気軽に使えるシンプルな一着としても頼れる存在だ。さらに、気付けば食料でザックが重くなりがちなため、食べられないものは少しでも軽くしたい——そんな私のような食いしん坊にも刺さる軽量性。ありとあらゆるスタイルの山屋さんにフィットするアイテムだ。

執筆者:マテリアル開発課 片岡 美菜
入社年:2022年
山の上での食と酒は妥協しないのが信条。気付けばザックは“食べられるもの”でパンパンになる。重いかって?もちろん重い。でも背負う価値がある。そんな執拗なまでの食い意地と呑兵衛精神を携え、日本全国 時には海外の山を彷徨い歩く。