DRY LAYERING ドライを重ねる 5レイヤリング

投稿者: 小谷部 明

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スタッフの遊び記録
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8000m峰のような高所登山では、酸素濃度の低い極限の地での活動で命を守るために、国内登山では使わないような装備も必要になります。そこで生まれたのが「小谷部スペシャル」と称するK2特別仕様のモノたち。例えば高所服や高所仕様のテントなどがそれにあたります。2013年から続くこの「小谷部スペシャル」のモノ創りが、その後、実際の商品に活用されることも。連載3回目の今回は、装備の企画開発を手掛ける相川・芳本も交えて、話を聞きました。(finetrack編集部)

小谷部:K2遠征で必要になるウエアは、ベースキャンプまでは基本的に日本の夏山装備で十分です。しかしそれ以上の標高では冬山装備が、そして7000mを超えると高所登山専用に製作した「高所服」が必要になります。
このように標高も気象条件も過酷になる海外高所登山において特別に必要になってくる装備を、相川・芳本が製作してくれました。

小谷部:相川には2013年K2遠征の際にもファインポリゴン®を使用した高所服やミトンなどを製作してもらいましたが、今回はそれらの装備をベースに、高所服の微調整と、スリーピングバッグ「ポリゴンネスト®」のサイズ変更を依頼しました。

相川:2013年に製作した装備がほとんどそのまま使えるので、今回はちょっとした調整のみです。ポリゴンネスト®については、高所服を着た状態での使用に必要な大きさを確保するために、既存商品のサイズ変更を実施。どちらも大きな難点はなく、スムーズに製作を進められました。

高所服の不便を解消したい

相川:2013年の遠征時は、高所服製作の実績もなく、完全にゼロからの作業。製作期間は半年間におよび、試行錯誤を繰り返しました。そこで試した製品ディテールはK2遠征後のフィードバックを得て実際の商品に活用することもでき、有意義な経験になりました。

小谷部:なかでも「高所服を着ていると、トイレの際に不便なのをどうにかしたい」という私の訴えに対して相川が提案した解決策は、革新的なアイデアでした。サスペンダーを外さずに用を足せる商品はすでに市場にもありましたが、それらにはサスペンダーの機能自体を犠牲にしてしまったり、動きやすさを阻害してしまうという弱点があります。過酷なフィールドで本当に使えるビブにするためには、そういった弱点は致命的です。

相川:そこで独自に編み出したのが、ビブにレイルを取り付けて、トイレの時にだけ簡単にサスペンダーを横にずらせる「レイルオン®リリーフシステム」です。これは「エバーブレス®シビロビブ」(現在は廃盤)や「エバーブレス®グライドビブ」にも採用され、「トイレが面倒だから」という理由でビブを敬遠していた人達に支持されています。


「エバーブレス®グライドビブ」でも活用されている「レイルオン®リリーフシステム」。サスペンダーの背面取り付け部をレイルに沿って腹面側にスライドさせることで、簡単にビブを下ろすことができる。

小谷部:相川は長年のフィールド経験を通して、アウトドアウエア・ギアに対する知見を蓄積し、製品のギミックに対するアンテナを常に張っています。「レイルオン®リリーフシステム」も、ザックのチェストベルトにヒントを得てのアイデアですが、従来の素材の使い方にとらわれず、独自の切り口から新しいものを生み出そうとする発想力はさすがだと思います。

テントも「小谷部スペシャル」に

小谷部:また、今回は2013年の遠征時にはラインナップしていなかったテント、「カミナドーム」が誕生したので、その耐風性や居住性の良さをK2でも活用したいと、K2仕様にしてもらいました。それを担当してくれたのが芳本です。

芳本:優れた耐風性を備える「カミナドーム」ですが、強風でテントが壊れることも少なくないというK2での使用には、より一層の対策が必要となります。そこでポール径を太く、インナーテントの生地を厚く変更しました。

小谷部:爆風に備え、より剛性を持たせることで、耐風性・堅牢性をさらに高めたいと相談しました。これにより既製品より重くかさばることにもなりますが、K2の爆風対策を優先したいと伝えた結果の仕様変更です。

芳本:試作品が完成し、試験機関での耐風テストをクリアしたら、次はフィールドテストです。年末年始休業の間、製品テストのために小谷部さんと一緒に厳冬期北アルプス縦走に出かけました。
そこで判明した課題点は、仕様変更したインナーテントの生地が、湿気を含むと重みで天頂部が垂れ下がってしまい、居住性が極度に低下すること。休み明けは早速、相川に相談しながらパターン変更を行いました。


北アルプス縦走中の小谷部と芳本(『スタッフの遊び記録』より。詳しくはこちら

相川:芳本は入社2年目の若手スタッフ。商品や縫製の知識は上司の私から見るとまだまだこれからという部分も多いので、どうやったら今回の課題を解決できるかは、チームで協働して考えました。今回はインナーテントの生地特性に合わせ、より適正なテンションがかかるようにパターンを変更し、生地の垂れ下がりを防いでいます。私たちの商品はフィールドで使えてこそ意味があるので、フィールドに出向いて課題を自分の目で確かめることは、モノ創りへの取り組み方の基本ですね。

小谷部:相川も芳本も、一緒に山行することもある山仲間です。だから私からの製品への要望にも共感してもらえるし、過酷な環境での命を守るためのモノ創りにかける姿勢を知っている分、安心して製品を使うことができます。

サポートにかける想い

芳本:自分は学生時代に2回目(2013年)のK2遠征記録を読んだこともあり、入社前から小谷部さんには山の先輩として憧れを持っていました。今回3度目の挑戦。ぜひとも登頂してほしいし、何より無事に還ってきてほしい。だからテント製作を通じて自分もK2遠征をサポートできるということに対して、非常に感慨深いものがありました。

小谷部:そんなに私を持ち上げる必要はないと思いますが…。

芳本:本心ですよ! でもその一方で、小谷部さんの命を預かることへのプレッシャーがものすごく大きい。快適な休息空間を提供できればK2遠征を支えられる。けれどK2は生半可な環境ではない…。そんな重圧の中で完成間際の数日間は、業務時間の大半をテントの中で過ごしました。

相川:酸素濃度の薄い高所登山では、小さなストレスが命取りになることもあります。ウエアに関して言えば、先ほど話したレイルオン®リリーフシステムもストレスを減らすためのディテールですが、その他にもストレスフリーなウエア設計を心がけました。

小谷部:アタックで必要なものをすべて収納できる大型ポケットを高所服に備えたり、ミトンと高所服を固定して着用中のズレ落ちを防ぐパーツを設けたりと、随所に工夫が凝らされています。

相川:それによって小谷部の登頂可能性を上げたい。でもそれ以上に、常に冷静な判断で有意義な登山活動をしてきてほしいという想いの方が大きいですね。

小谷部:もちろん登頂への気持ちも強いですが、二人が言うように安全が第一です。なにより、過酷な高所登山で使用した装備のフィードバックを会社に持ち帰ることも、私の重要な役割だと考えています。

遊び手として、創り手として。

相川:高所服を作るという経験は、小谷部のK2遠征があってこそのもの。「創り手」として非常にいい経験になったし、ファインポリゴン®という素材の可能性を試すことができたのは大きな成果でした。実は小谷部の高所服は、当社初のポリゴンウエアなんです。

小谷部:その後、私のフィードバックを経て、山での活動に必要な保温力を検討し、縫製パターンをそのまま受け継いで完成した商品が「ポリゴン4」や「ポリゴン2UL」といったウエアです。

相川:そういう意味では小谷部のK2遠征は、私たちにも「遊び手」としてだけでなく「創り手」として挑戦する機会を与えてくれています。

芳本:実は自分は膝の故障のため、1年間フィールドに行けていなかったのですが、「カミナドーム4小谷部スペシャル」のフィールドテストはなんとしても自分で実施したくて…。

小谷部:厳冬期北アルプス縦走に向けて、芳本はずいぶんリハビリを頑張っていました。

芳本:膝の回復が間に合ってよかったです。書籍を読むなどしてK2というフィールドの過酷さは研究しましたが、それだけではやはり不十分。「遊び手=創り手」として、机上だけでなくフィールドに向き合ってこそ、信頼できる装備を創ることができると思います。

小谷部:過酷な状況で快適に過ごすための製品ギミックは、高所登山に限らず、あらゆるアウトドアフィールドでの安全に帰結するものだと思います。私にとってもK2遠征は「遊び手」としてだけでなく「創り手」としての挑戦です。しっかりフィードバックして今後のfinetrackの商品開発につなげたいと考えています。

 

■2018年のK2遠征でのfinetrack「小谷部スペシャル」装備
カミナドーム4(既存商品を仕様変更)
カミナドーム4スノーフライ(既存商品を仕様変更)
高所服(2013年K2遠征時に製作したものを一部仕様変更)
高所用ポリゴンネスト®(既存商品をサイズ変更)
ポリゴンミトン(2013年K2遠征時に製作)

その他ウエア・ギアはfinetrackの既製品を使用します。
また、食料や登攀用具も含めた装備の全容については、遠征後に「北日本海外登山研究会2018年K2遠征隊」の報告書にて発表がある予定です。

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