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「まさか自分が山に登るなんて想像もできなかった」—難病を抱えながらもヒマラヤ最奥の地・ドルポへ。
植村直己冒険賞を受賞したネパール探求家・稲葉香さんが、先人たちと紡ぐご縁と未知への歩みを語ります。

目次

    1. 病を抱えて、生き抜く決心
    2. 情熱が引き寄せた出会い
    3. 想いを受け継ぎ、その先へ
    4. 年表
    5. プロフィール・著書

 

病を抱えて、生き抜く決心

稲葉香さんは、ヒマラヤに通う美容師・写真家。大阪・千早赤阪村で山小屋美容室「Dolpo-hair」を経営しながら、河口慧海(1866-1945)の足跡を追って、西ネパールの探求を続けている。19歳でリウマチを発症し、病との付き合いは30年以上。「まさか自分が山に登るなんて想像もできなかった」-そう語る彼女の転機は24歳のとき。リウマチの辛さに心身を削られ、勤めていた美容室を辞めて、ベトナムへ旅に出たのだ。

「観光のつもりが、それどころではなかったんです。足のない少年がスケートボードに腹ばいで乗り、道路を渡っていく姿を見たとき、頭をガツンと殴られるような衝撃を受けたました。『何を悩んでいたのだろう。私には手も足もあるじゃないか!』と。生きる勇気をもらい、病と向き合う決心がつきました」

そこから、フリーランスの美容師として働きながら、年に一度、旅に出るスタイルが始まる。旅の指針は、「自分のアンテナが100%のラインを超えること」。東南アジアをはじめ、インド、ネパールなど、心の底から行きたいと思える場所を巡った。そして、『神々の山嶺』(著:夢枕獏)を読んで、初めて山に興味を持つ。エベレストつながりで冒険家・植村直己の存在を知り、その偉業や人柄にも惚れ込み、足跡を追うようになる。「山に登るつもりはなく、植村直己さんが訪れたアラスカに行ってみたかった。デナリ国立公園では、五感が研ぎ澄まされるような感覚に包まれて、山の鼓動や植物のエネルギーを感じた。もっと山の奥深くへ入ってみたい。植村さんは29歳でエベレストに登頂したから、私も同じ歳でエベレストを拝みたい。その一心で、28歳からトレッキングを始めました。ほぼ追っかけですね(笑)」

アウトドアショップへ通い、登山や装備について教えてもらって、近隣の低山を登るところからのスタートだった。29歳を迎え、ついに念願のヒマラヤトレッキングへ。すると、身体にある変化が起きたという。

「いつもなら痛みとこわばりで体がすぐ動かないのが、嘘のように軽やかでした。空気が薄く、過酷な環境のはずなのに、まるで眠っていた細胞が目覚めていくような感覚。ゴール地点のカラパタール(標高5,540m)に辿り着いたときは、『山へ行けば、病が治るかもしれない』と思うほど。奇跡のような日々でした」

情熱が引き寄せた出会い

ネパールに魅了され、チベットについて調べるうちに、河口慧海という人物に辿り着く。河口慧海とは、大阪府堺市出身の僧侶。明治時代、難病のリウマチを患いながらもヒマラヤ山脈を越え、鎖国体制下のチベットに日本人として初めて入国した。稲葉さんは、自身と同じ病を抱える慧海師が、経典を求めてチベットを目指した情熱に共感し、その足跡に惚れ込んだ。自ら「慧海ルート」と名付けて、2003年から慧海師の足跡を辿り始める。

ところが、「慧海ルート」の核心部・ドルポの情報がなく行き詰まってしまう。ドルポとは、チベット(中国)国境に近い平均高度約4,000m、東西南北を標高5,000mの峠に囲まれたヒマラヤ最奥の地。行くのは困難だと諦めかけていたとき、西ネパール踏査の第一人者である大西保氏の存在を知る。「この人ならドルポへのルートを知っているはずだ」と、祈るような気持ちでブログに綴ったところ、なんと大西氏の後輩を通じてご縁が繋がる。

「驚きました。しかも大西さんは、ここから車で約30分のところに住んでいたんです。ご自宅に伺い、慧海さんへの想いや辿ったルート、ドルポへ行きたいことを伝えると、『今年再調査に行くから、一緒に来るか!』と言われて。意表を突かれましたが、『行きます!』とその場で参加を決めました」

2007年、大西保隊長率いる大阪山の会「西北ネパール登山隊」のメンバーに加わり、念願のドルポへ足を踏み入れる。慧海師が超えた国境の峠「クン・ラ」にも立った。ドルポ最大の聖地を巡礼し、カンテガ未踏峰(6,600m)にも登頂した。地図にない壁を登攀し、自分たちでルートを切り拓く行程は冒険そのもの。稲葉さんとって、魂が震えるような経験だった。


河口慧海が超えた国境の峠「クン・ラ」

「ただ目的地を目指すだけでなく、大西隊長とともに歩んだ経験が何よりの宝物です。リウマチで絶望し、旅に出て考えが変わり、登山を始めてヒマラヤの大地に立つと、なぜか痛みがすっと和らいだ。慧海さんを追いかけていたら、大西隊長という素晴らしいご縁に恵まれて、ドルポへの扉が開きました。振り返るとすべてが繋がっていて。まさに、ご縁に生かされてきた人生です」

想いを受け継ぎ、その先へ

大西保氏をはじめ、1971年にドルポのツォカルポカン(6,556m)を初登頂した水谷弘治氏、『ヒマラヤ巡礼』の翻訳者で登山家の吉永定雄氏、文化人類学者・チベット文化学者の高山龍三氏も、稲葉さんをドルポに導いてくれた大切な先人だ。今は亡き彼らから受け継いだ地図や書籍等の資料は、千早赤阪村の山の基地「Dolpo.BC(ドルポベースキャンプ)」に山図書として保管されている。


河口慧海の写真をはじめ、ドルポのパイオニアである故吉永定雄氏、故水谷弘治氏など、先人たちと繋がる宝物(Dolpo.BCにて)

また、稲葉さんは、西ネパールの山行記録を綴った旅行記や、ドルポの景色と人々の暮らしを収めた写真集も出版。ドルポの企画展や写真展を通じて、今も息づくチベットの伝統文化や深い信仰の姿を伝え続けている。

「慧海さんの時代から始まり、大西隊長が残してくれた記録も含めて、ドルポの魅力や変わりゆく姿を残すことが私の役割。自分が究極に追いかけて行ったら導かれました。人生のテーマである『未知踏進』を胸に、これからも自分なりの道を一歩ずつ踏み進め、魂に響くことをやっていきたいですね」

年表

2007年 河口慧海師の足跡再調査・カンテガ未踏峰登頂(西北ネパール登山隊・故大西保隊長)
2009年 ムグからドルポを横断(西北ネパール登山隊・故大西保隊長)
2010年 「ドルポヘアー」でヒマラヤトレッキングツアーを開始
2012年 女性だけの「ヒマルコ・ケティ登山隊」を結成し、ドルポ横断
無名峰登頂(6,089m)
12年に一度の仏教の巡礼祭「シェー・フェスティバル」に参加
2014年 河口慧海師の足跡を辿り、アッパー・ムスタンで河口慧海像と出会う
2016年 ヒマルコ・ケティ登山隊、エメルンカン登頂(6,028m)
ドルポ4度目の横断に成功し、500kmを踏破
河口慧海師の足跡を再確認
2018年 ネパール最西北「フムラ」をキャラバンにて踏破
ナラカンカール北峰登頂(6,039m)
2019年 11月〜2020年3月にかけてドルポ越冬122日間
2021年 2020「植村直己冒険賞」受賞
2022年 ネパール極西「バジャン・ダルチャラ」220km踏破
2024年 ムグ〜ドルポ〜ムグ横断550km踏破
「シェー・フェスティバル」に参加


2016年、女性だけで「ヒマルコ・ケティ登山隊」を結成し、ムスタン&ドルポ500kmを踏破

 

プロフィール・著書

稲葉 香(いなば かおり)

1973年大阪府生まれ。美容師のかたわら1997年から旅に出るライフスタイルを続ける。19歳で発症したリウマチと向き合いながら、西ネパールへの遠征を継続。現在、千早赤阪村を拠点に活動中。2020年に植村直己冒険賞受賞。

【書籍情報】
西ネパール・ヒマラヤ最奥の地を歩く
ムスタン、ドルポ、フムラへの旅
稲葉 香 著/彩流社
2,420円

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