ドライを重ねる 5レイヤリング
登山家の日記

: 柏澄子

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取材や執筆を続けるなかで読んできた、登山家たちの日記について、今回は山岳カメラマンであった故中島健郎、そして日本屈指のクライマー山野井妙子、そして国際山岳ガイドの舟生大悟の話をしたい。

中島健郎は頓着なく、すぐに日記をインタビュアーの私に手渡す人だった。
こちらから「読みたい」と言ったことは一度もないが、取材に持ってきてくれた日記を開いたり、それをコピーしてくれたり、私のスマホで器用に全ページを撮り、PDFファイルにして収めてくれた。だから私は、繰り返し健郎の日記を読んできた。
彼ひとりをインタビューしたことも何度かあるが、後年は故平出和也との登山について、ふたりをインタビューする機会が多かった。どちらかというと雄弁な平出に対して、健郎は最小限のことしか話さなかった。けれどその分、健郎の日記が彼の登山を、そして彼自身を克明に物語ってくれた。
A4サイズのキャンパスノートを使い、ピンク色の表紙には、遠征の目的となった山の名前や、撮影仕事のテレビ番組名をマジックで書いている。健郎の文字はとても読みやすく、かなりのスピードで書いたと推測する部分であっても、すらすらと読めた。日付ごとに出来事や登山の進捗を端的に記し、周囲の自然環境や、装備や食糧のこと、ルートの状況、自身やメンバー達の体調についても書いてある。時々、吐露するかのように感情を表すこともあるが、主たるものは記録だった。

なによりもの特徴は、ペン画だ。圧巻なのは目的とする山、壁を描いたもの。美術学校で知り合ったという絵描きを両親にもつ健郎は、これから登る氷雪壁の凹凸を巧みに描いている。

私もかつて、下降路の偵察に行ったとき、基部から岩壁を仰ぎスケッチをしたことがあった。スマホやデジカメがない時代であり、写真を撮ってもすぐに見返すことができないから、描いた。そして仲間たちとそれを見合って、下降ラインについて話し合った。
けれど、現代はちがう。ましてや健郎はドローンも使いながらの動画撮影にも長けており、現にそれをルートの検討に役立てていた。それでも健郎は山の絵を描いたのは、そもそも描くことが好きだからだろうか。描くことによってより観察できるからだろうか。

日記

山野井妙子の日記を見つけたのは、彼女の半生を取材し始めて半年近く経ってからだった。
妙子は今でも日記を書く習慣があるが、若いころ、とくにヨーロッパアルプスに没頭していた頃の日記は、読み応えがあった。現地で買ったような高山植物の写真が表紙の小型の手帳で、そこに日付と登ったルートが書いてある。
興味深いのは、多くのクライマーが記するはずであるルートのグレードはなく、その代わりに、フランスパンや野菜、卵、肉、切手など日々の買い物の値段が細かく記録されていることだ。これは日本に帰ってからの日記も同様で、食材や日用品の買い物、銭湯、公衆電話使用料、映画、本などの値段があり、当時の物価がよくわかった。
クライマーの日記に書かれた数字が、ルートのグレードではなく買い物の値段だったのは、妙子らしいと思った。また、日記からは、妙子がどれだけ沢山の山を登ってきたのかもよくわかった。それは圧倒されるほどのボリュームだった。

最近気づいたことだが、妙子の書く文字はいまと変わらない。というのは、妙子は二度に渡って凍傷で手足の指を失っている。手の指は第二関節もない。その度に妙子は、「箸でご飯を食べたい。そのほうが美味しいでしょう」と箸を持つこと、包丁を握って料理すること、ペンを使い手紙を書くこと、靴紐を結ぶことを、根気よく練習し、静かに叶えてきた。もちろん、山に登ることも。
指を失ったいま、彼女が書く日記の文字と、半世紀近く前にヨーロッパアルプスに通っていた頃の文字に差異はないには驚かされた。同じ人物の文字だとよくわかる。

ライターが書く文章が、本人の筆にはとてもかなわないと思うことは多々ある。山に向ける情熱がかなわないのだと思う。
国際山岳ガイドを生業とする舟生大悟が、2016年12月24日から27日間かけて親不知海岸から穂高連峰まで、無補給単独縦走した記録を2回記事にした。
初回のインタビューは、下山して間もない頃、札幌の自宅を訪ねた。「27日間も風呂に入らないと、洗っても洗っても体臭が消えないんです」と爽やかな笑顔で言うが、その体臭というか熱気がぷんぷんしてきそうな時期だった。直近発売の月刊誌にページを確保してもらい、数点の写真をせて2ページの記事を書いた。
次は、装備を撮影してもらうために写真家と一緒に再訪。写真点数を多くし、図解も加えて8ページの記事になった。このとき、舟生の日記を引用したいと考えていた。舟生は日記を見せながらインタビューに答えてくれており、掲載にも心よく応じてくれた。短い文章が続く端的な日記だったが、ひとりで厳冬の北アルプスに飛び込んでいく緊張感や、雪洞を掘って安全を確保しホッとするときの心持ちや、ラッセルを繰り返すときの息遣いが伝わってくる、力強い文章だった。

半田久、栗秋正寿、中島健郎、山野井妙子、舟生大悟……

思い起こすとほかにも何人かの方々が日記を読ませてくれた。以前書いた通り、それは特段私が信頼されていたというのではなく、そんなタイミングであったり、本人の性格に由来するところが大きいと思っている。彼らの日記を読んだ時間はまたとないものであり、二度とやってこない豊穣な時間だった。彼らのクライミングが時を経ても色鮮やかなように、彼らの日記もまた、私の心のなかに鮮明に残っている。

 

 

*弊社のコミュニティメディア『蒼に分け入るVlo.2』に掲載を予定しておりました「登山家の日記を読む②」について、都合によりこちらに掲載させて頂いております。「登山家の日記を読む①」は誌面にてお読みいただけます。


柏澄子

千葉県出身、東京都在住
登山全般と山にまつわる情報を発信するライター兼ジャーナリストであり、登山ガイド
著書に『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』『凪の人 山野井妙子』など

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